国王塚

更新日:2020年02月28日

国王塚について

世は南北朝時代。南朝の勢力が衰えてきた600年ほど前のこと。南朝の劣勢を挽回するために、新田 義貞方の武将脇屋 義治(わきや よしはる)は、宗良親王の一族、幼少の国王丸(くにおうまる)を奉し、神立、戸沢一帯に一族をとどめて再起をはかろうとしました。一族は村民の協力を得、機会をうかがっていましたが、じわじわと勢力を増した足利幕府の前に、ついに南朝軍は崩壊。この地にとどまった新田の一族にとって空しい結末となりました。国王丸も京の都に戻れぬまま11歳の若さでこの地に眠りました。戸沢の片隅にぽつんとたたずむひとつの石塚。それこそ、悲劇の人、国王丸の墓だといわれています。

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